〜微羽の句集〜

第三部・鶴(昭和45年より)
☆わが胸に 鹿啼き交す 雪催
☆うづくまる 雌鹿ふくよか 風花す
☆薺摘 せゝらぎいまも 変わらずに

当麻石光寺
☆大綿の 漂う墓塔 去りがたし
二上山
☆枯萱の 金の日まとふ 雌岳なり

☆雪片の つひに玉なす 膝頭

☆逢ひたしや 連翹雨に 撓むなり
養護学校にて
☆春寒の 心にきしむ 車椅子

法華寺 二句
☆春惜しむ 佛間の香の 行方かな
☆雫して 薺はずみぬ 佐保の雨
☆落花して 光(かげ)こぼしけり 竹の奥

☆室生寺の 菖蒲真青に 師にまみゆ
☆萩若葉 心に誓う ことのあり

奈良興福院 三句
☆歯朶若葉 尼はそとでの 傘ひらく
☆阿弥陀像 供華の紫陽花 みな小さし
☆蛍袋 鴉飼はれて ゐたりけり

☆だぶだぶの 農衣の父や 杏熟れ
☆老母の 視野のなかなり 蛍追ふ
☆螢火の 柱に倚りて ゐたりけり

☆額の花 寺の幼子 小走りに 
京都六角堂
☆香煙や 鳩啼く梅雨の 大廂

京都大徳寺
☆枯山水 紫蘭一むら 咲かせけり
☆河童忌の ことに激しき 雷雨かな
☆てのひらの 山繭の音 秋立ちぬ

昭和46年〜

飛騨濁河 三句
☆岳の夜の 冷ゆる雷鳥 啼きにけり
☆飛騨山の 谿ひびきけり 桜蓼
☆赤のまま 飛騨の訛りの 測量士

☆波郷忌の 双掌に受けむ 柿ひとつ
☆雑木紅葉 散り敷く微光 漂へリ
伯母死去
☆かんばせの 菊曼陀羅と なり給ふ

☆みぞそばの さゆらぐ水の 昏ゆけり
☆糠虫の 舞ふや葱つむ 母老いし
岩船寺
☆微笑仏 蔦の実すでに 濃紫

☆釈迦堂への 道香煙に 風花す 
☆襤褸市の 婆冬日溜め 商へり
☆松落葉 供華となりけり 地蔵塚

明日香・岡寺 二句
☆実南天 子安観音 小暗がり
☆深井戸の 底の寒さを のぞきけり
当麻石光寺
☆二上山(ふたかみ)の 裾ひく寺よ 石蕗枯るる

風切抄
☆高波の 秀に仰向けの 女雛かな
溺死体の男の場合はうつ伏せとなり、女の場合は仰向けに浮かぶといふ話を
聞いたことがある。
その真疑は別としても、流し雛の女雛が、高波の秀に仰向けとなって
翻弄されつつある情景が哀れに痛ましい。
それが作者の流した雛であったとすれば、目にも耐へ難く感じられたであろう。  (石塚友二)

副巻頭
流し雛 五句
☆流されて 雛の命の 漂へリ
☆すきとほる 男雛の面輪 波の間に
☆親王雛 烏帽子失せて 流れけり
☆高波の秀に 仰向けの 女雛かな
☆うつむきて 荒磯の雛 残されし

☆青あらし 野仏の鼻 かけてけり
☆水に澄む 幾条の影 花太蘭
☆葱坊主 微風の過ぐる 影生れし

☆蚊帳吊草 濁流に穂を 遊ばせて
☆錆色に 工夫憩えリ 樟若葉

☆七夕竹 ひとむら高し 晶子歌碑
☆七月や 印度更紗の 香に噎び

北海道 三句
☆最果ての 万の灯となり 月見草
☆枯れ伸びて 石狩の野の 夏薊
☆夏霧の どさんこ駆けて かゞやけり

恩師堀内先生
御逝去 三句
☆雁来紅 永別の茶を あますなし
☆なかなかに 柩車動かぬ 萩の坂
☆俯きて 喪の髪なべて 秋日濃し

昭和47年〜

近松門左衛門
☆秋霖や 烏帽子の形(なり)の 墓ひとつ
楞厳寺
☆織田作の 墓の銀杏 青かりき
☆秋 雨 西鶴に添う 水子墓

☆角伐りや 鹿は命の 口 ぢて
☆角伐られ 俄に小さし 鹿の顔
☆括られて 角伐の角 祀られし

風切抄
☆角伐られ 俄に小さし 鹿の顔
奈良の鹿の角伐りの行事を見物しようと、この秋は東京からも何人かの人達が押し出して行ったやうで、それぞれに自信ある収穫物として持ち帰っていることが作品で示されてきたら、雁俣美智子さんの右の句もその行事から得た収穫物で、そして大きな収穫物だったといえるように思ふ。この句の雄鹿の伐られる前の角は定めし荒々しげにも逞しく立派だったのに違いない。
従ってまた、その角を戴いた鹿の相貌が精悍そのものであったにも相違ない。それが、行事の済むと同時に、見違えるばかりに顔の小さな、平穏なただの雄鹿と化してしまったのである。

☆嵯峨菊に 幽かな風や 直哉の死
☆棕梠の影 動きて鶏頭 真紅なり
☆猫遊ぶ 花野は細き 道なりき

☆猫の死や 露のベコニア 花赤き
☆膝に来る 猫すでに亡し つるもどき
☆虚しさや 両掌に冬日 溜めてゐし 

森薬草園葛晒 三句
☆桶の葛 枯葉も混じり ゐたりけり
☆風花や 薬草園に 沙羅双樹
☆宇陀山は 雪積もるらし 葛晒

☆落葉焚く 煙二すじ 初瀬寺
☆寒木瓜や 受験子ひしと 抱きたし

薬師寺 二句
☆花会式 野の幸さはに 供へけり
☆聖観音 六器の椿 蕊太き
法華寺
☆花冷えや おとがひまろき 稚児太子 

☆志功展 びっしり青き 雨の枇杷
北海道
☆地の涯の 山蕗に蝶 真白なる 

当麻寺練供養 二句
☆浄土曼荼羅 若葉の雨の 会式かな
☆稚児の手の あやめ紫 濃かりけり

葛城古道
☆雨けむる 桑のでで虫 大ぶりに
☆だしぬけに 地の底の蟇 鳴き出でぬ
九品寺
☆黒揚羽 雨の野仏 幾百ぞ

七月三十日
堺大島神社薪能
三句
☆夜蝉鳴く 地謡は地を 匍ふ如し
☆笛方の 笛渡る闇 薪能
☆やや伏せし 小面に火蛾の影走り

☆足早に 女行者や 鳥頭
☆またたびは 褐色なせり 水行場
☆水引や 足ひきずりて 男坂

昭和48年〜

吉野
☆恋猫の うとまれてゐし 葛晒
☆一点を みつめて鹿や 角伐らる

天野山金剛寺
☆結界の 鳩ふくみ鳴く 冬木立
転宅
☆やはらかに 餅掌に愛でて 新居たり
☆アイシャドウ 刷きてひとりの 小正月

☆農婦の手 まろし橙 熟れつきて
☆立春の 道かがやくや 人訪はむ

加太流し雛 四句
☆襟巻きに くるみ来し雛 流しけり
☆髪解けて 磯菜の中の 女雛かな
☆やゝ反りて 波に座したる 男雛かな
☆海凪ぎて 流るゝ雛 寧からめ

☆日昃りて 藻の色変へぬ 流し雛
☆高波に 足裏真白き 童子雛
☆加太の浦 雛舟五彩 溢れしめ

吉野 四句
☆梓の芽 しかと芽ぶきぬ 至情塚
☆うぐいすや 吉野葛売る  寂びて 
☆大涅槃 図をかかげたり 花の寺
☆子に遠く 吉野にありて 春惜しむ

☆袋角 雨やはらかに 降りにけり
☆首伸べて 鹿の子一途に 蹤き来しよ
☆奈良宇ちは 腰深々と 商はれ
☆梅雨明かり して千体の 地蔵仏

吉野
☆蓮華法会 傍への邪鬼の 泣き笑ひ
☆青梅雨や 坂ゆるやかに 奈良格子
☆岩清水 十指しづめて ゐたりけり

☆流灯へ 小さき手波 送りけり
☆漂へリ 流灯命 ある如し
☆一ッ遠く 流灯闇に 消えずあり

☆玉すだれ 幼な顔なる 母おわす
☆黒揚羽 翔ちし芙蓉の 虚かな

雛流し 二句
☆汐に濡れ 雛息吹けり 由良の浜
☆波の間の 雛の足裏 小さくて
☆芽あぢさい 終の枯葉を 落としけり

昭和49年〜

宇治猿丸神社
☆秋うらら 狗猿烏帽子 つけゐたり
☆女童に 秋の木漏れ日 句碑除幕
京都三十三間堂
☆百日紅 合掌の僧 小走りに

☆短日や 積み損ねたる 石小法師
☆禅定寺 終の桔梗の こかりけり

淡島神社針供養
二句
☆針塚に 業の針 納めけり
☆燦然と 嵩の供養の 針かなし 
京都釈迦堂
☆朱の椀に 大根大ぶり 大根焚

義父逝く
☆初硯 父の訃誌し ゐたりけり
春日大社舞楽始め
☆笙篳篥 豊頬童子 かじかみて
☆冬の虹 仮眠の鹿の うづくまり

☆戒壇院 裏の枯れ萩 括られて
☆脚細き 鹿跳び来しよ 雪解水

☆山焼や 炎が結ぶ 山の形
☆芹萌ゆる 水のかがやき 西の京
☆宝扇の 柄竹干しあり 梅の寺

☆春暁や 母看護ゐる 父の声
☆薬飲む 母に手を貸す 濃山吹

☆朝なぎに ちぎれ若布を 拾ひけり
☆咲分けの 紫つつじ 白つつじ
☆田を走る れんげ刈機や 草の波

昭和49年春
同人となる
  学生の頃少しかじった俳句をもう一度やってみたく六年前の
堺市民俳句大会に出席、 其の折工藤雄仙氏に呼びとめられたのが、
私と俳句の本当の意味での出会いでした。
 工藤雄仙氏指導の句会で一年ばかり手ほどきを受け
翌四十五年一月より「鶴」へ投句、其の頃堀川泰子さんの紹介で
今村俊三様の御指導を仰ぐようになった。
苦吟の私に病床より絶えず暖かい助言を下さった今村俊三様に
深く感謝し御健康を祈って止まぬ私です。
              鶴同人會々報 昭和49年第2号より 

昭和50年〜

☆秋の波 搏つ渚なり 近づけリ
☆霧ふかく 暮れゆく湖面 あるばかり
☆秋の夜 湖の暗さに 縛さるる

☆地の底の ちゝろが鳴りけり 風化仏
☆百日紅 白く門前 登リ町
☆奥嵯峨の 空ひたすらや 竹の春

松江 三句
☆藤散りて 沼かがよへり 月照寺
☆白椿 うす紅さして 落ちてけり
☆跼るや 昼の蛙の 心字池

☆今年竹 その雨まとひ 伐りゐたり
☆姫女宛や 雨後の日射しの ことさらに 
☆青芒 雨後の水嵩 増しゐつゝ

吉野 二句
☆維盛の塚や 擬宝珠の 花褪せて
☆隠塔 一閃の瑠璃 大揚羽 

☆けだるさの 一日太宰の 忌なりけり
☆蝉しぐれ 曇天の木々 ゆらぐなし
☆やゝ傾ぐ 墓に灯籠 灯しけり

昭和51年〜

日の岬にて 三句
☆秋霖の 終のなでしこ 手折るまじ
☆遙拝所 秋濤の音 かぶさり来
☆つりがね草 空の色して 逢母磯

☆菜まみれの 女豊満 酢茎漬
☆雪催 ほのぼの青し 茎の水
☆おかめ人形 顔みな似たり 大根焚

☆膝弱き 父へ肩貸す 藪格子
高蔵寺 一句
☆実千両 狸の住める 寺領かな
☆雪来るや 峡田あまさず 寒天干して

丹波笹山 三句 ☆丹波路の 鴉翔しめ 雪しまく
☆雪被る 野仏に陽の 届かざり
☆幻の 如し城跡に 雪舞へば

☆寒椿 燃ゆる童子の 供養塚
☆春浅き 林の巣箱 みな傾き
☆雛舟の 波にゆだねし 行方かな

☆杖の父 しばらく佇ちぬ 花杏
金福寺
村山たか女の墓
☆春風の 矢竹さゞめく 辺にありぬ
☆一面の なづな呆けし 小雨かな

☆草蛍 父母病んで ゐたりけり 
当麻 二句
☆桐の花 廃校すでに 解かれたり
☆新聞の 切り抜きも古り 多佳子の忌

☆宵山の 虫売の灯の ほの暗し
☆夕きすげ 活けて絵屏風 祭かな
☆祇園会の 絵屏風笙 金色に

☆平城趾 茅花流しに 佇ちゐたり
☆鮎釣りの 岩をくらめて 光る谿
☆御霊会や 鉾の屋根方 横座り

昭和52年〜

一月
☆化野や 瑠璃光放つ 竜の玉
☆横笛の 仏座傾ぎぬ 実南天
☆野々宮の 苔の起伏よ 雪舞えり

二月
☆蓑虫の 這ふかなしさよ 父見舞ふ
☆荒莚ささげ 干しあり 千早村

十月
☆秋の蛇 よぎりて深き 草浄土
☆日照雨のごと 木犀散りぬ 白秋忌
(法善寺水かけ地蔵)
☆冷まじや 目鼻もあらぬ 苔地蔵
☆長き夜を 母の猫背をの 又少し

十一月
☆水尾引きて 急滑走の 放れ鴨
☆白き影 曳きて白鳥 集い来し

昭和52年6月書道教師の認定証を受ける。
俳句より遠ざかる。

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